はじめに|怒りを「なくそう」として、うまくいかなかったあなたへ

「怒らないようにしよう」
そう思えば思うほど、なぜか怒りは強くなる——
そんな経験はないでしょうか。
アンガーマネジメントという言葉が広く知られるようになり、
私たちは「怒りを抑える方法」「怒らない技術」を数多く学んできました。
それでも現実には、
家族に対して、職場で、あるいはSNSやニュースを見た瞬間に、
思わず反応してしまう自分を止められない場面が、今も繰り返されています。
私は、山梨県都留市、富士山麓にある禅寺・耕雲院で副住職を務めています。
禅僧として修行を重ねてきた私自身も、長い間「怒り」に悩み続けてきました。
坐禅をしても、経を読んでも、
「怒ってはいけない」と思うほど、心はざわつく。
むしろ、抑え込もうとした分だけ、怒りは形を変えて残り続けたのです。
禅は、怒りを消す教えではありません。
そして、アンガーマネジメントもまた、
怒りを“管理”するための技術ではないと、私は感じています。
本当に必要なのは、
怒りに反応しない心を育てること。
この記事では、
アンガーマネジメントと禅の考え方を重ね合わせながら、
「怒らない自分になる」のではなく、
「怒りが起きても、振り回されない自分になる」ための道筋を、
私自身の体験と言葉でお伝えします。
1|怒りは“コントロールするもの”ではなく“観察するもの”
① アンガーマネジメントの限界
アンガーマネジメントは本来、怒りを否定するものではありません。
しかし実践の現場では、
「怒ってはいけない」「抑えなければならない」
という形で理解されがちです。
私自身、修行時代は
怒りを消そうとすればするほど、心が不自由になる感覚を何度も味わいました。
② 禅の視点
禅では、怒りは「悪」ではありません。
喜びや悲しみと同じ、一時的な心の状態のひとつにすぎないのです。
問題は怒りそのものではなく、
怒りに気づかないまま、反射的に行動してしまうことにあります。
③ 人はなぜ怒りで失敗するのか
怒りの怖さは、
考える前に反応してしまうことにあります。
言葉が荒くなる
態度がきつくなる
後から後悔する
これは意思の弱さではなく、
反応が「自動化」しているだけなのです。
2|禅が“怒り”に強い理由
—反応と自我(エゴ)の距離
① 怒りは二次感情
怒りの奥には、
不安・悲しみ・疲れ・恐れ
といった一次感情があります。
禅では、表に出た怒りだけを見るのではなく、
手前で何が起きているかを観ます。
② 道元禅師の「測量」
永平寺での修行中、師から
「怒りを測るな」
と言われたことがあります。
良い・悪い
正しい・間違っている
そう判断した瞬間、
すでに心は反応を始めている、という意味でした。
③ 放下着—手放すという技術
禅における「手放す」とは、
感情を消すことではありません。
追いかけないこと。
それだけで、怒りは力を失っていきます。
④ 脳科学的にも
怒りに「気づいた瞬間」、
脳の反応はすでに弱まり始めています。
禅が大切にする「気づき」は、
精神論ではなく、非常に実践的な技術なのです。
👉 怒りへの向き合い方を、もう少し整理して知りたい方は、
「禅とマインドフルネス—静けさを得ようとしない」生き方」も参考になります。
3|怒りの瞬間に効く、禅のアンガーマネジメント5選
① 呼吸に戻る(調息)
怒りが出たら、まず呼吸へ。
深く吸う必要はありません。
今、息をしていることに気づくだけで十分です。
② “間”をつくる(前後際断)
過去の後悔
未来の不安
そのどちらにも行かず、
「今」に戻るための間をつくります。
③ 6秒待てない人のための「1呼吸」
私自身、6秒も待てなかった日があります。
だからこそ、1呼吸だけを大切にしています。
④ 数息観
息を「1、2、3」と数えるだけ。
怒りを抑えるのではなく、
注意の向きを変える作法です。
⑤ 場面別の使い分け
家庭・職場・子育て
それぞれで怒りの質は異なります。
共通するのは、反応の前に戻る場所を持つことです。
4|怒りの正体に向き合う
— 禅が教える「トリガーの構造」
① なぜ、同じことで何度も怒ってしまうのか
怒りは、いつも新しく起きているようで、
実は同じ場所から立ち上がっていることがほとんどです。
私自身も、ある言葉や態度にだけ強く反応してしまう癖がありました。
そのたびに「またか」と後悔しながら、
なぜ繰り返すのか分からずにいました。
② 自我(エゴ)がつくる「こうあるべき」
禅の視点から見ると、
怒りの多くは相手の行動そのものではなく、
「こうあってほしい」「こうすべきだ」という自分の期待から生まれます。
その期待が裏切られた瞬間、
心は一気に反応へと傾いていきます。
③ 禅式「トリガーログ」のつけ方
怒った出来事を、そのまま書き出す。
次に、その奥にあった期待を探す。
そして、良し悪しを判断せずに、ただ眺めてみる。
それだけで、
怒りは「抑える対象」から「理解できる動き」へと変わっていきます。
④ 原因は相手ではない—だからこそ
これは、自分を責めるための話ではありません。
怒りの出どころに気づいたとき、
私たちは初めて、
反応する以外の選択肢を持てるようになります。
そこにこそ、禅が示す自由があります。
👉 感情をどうにかするのではなく、静けさに立ち返る感覚については、
「マインドフルネスは寺にある—静けさに帰る」ということでも触れています。
5|怒りを減らす日常の禅習慣

怒りは、特別な場面だけで生まれるものではありません。
日々の忙しさや無意識の緊張が積み重なった先で、
ふと顔を出します。
だからこそ、禅では日常そのものを整える習慣を大切にします。
① 朝の1分坐禅
長く坐る必要はありません。
姿勢を整え、呼吸に気づくだけで十分です。
朝のうちに「立ち止まる感覚」を思い出しておくと、
一日の反応の速さが自然と緩みます。
② 歩く禅
通勤中や移動の合間に、
足裏が地面に触れる感覚に意識を向けてみてください。
思考が未来へ先走ったとき、
身体に戻ることで心も今に戻ってきます。
③ 作務の心
掃除や家事は、禅において大切な修行のひとつです。
無心になろうとしなくて構いません。
目の前の動きに手を添えることで、
心のざわめきは自然と静まっていきます。
④ SNS・ニュースとの距離
情報を遮断する必要はありません。
大切なのは、
「今、自分は反応しようとしている」と気づくことです。
その一瞬の気づきが、感情の持ち越しを防ぎます。
⑤ 三呼吸の儀式
一日の終わりに、静かに三回呼吸する。
今日あった怒りや違和感を、
解決しようとせず、そのまま手放す時間です。
翌日に感情を持ち越さないための、小さな区切りになります。
👉 呼吸に戻る感覚を、実際に体で確かめてみたい方は、
「体験 坐禅|初心者でもできるやり方と流れ【富士山麓・耕雲院】」をご覧ください。
6|怒りに強い人がやっている
禅的コミュニケーション
① 傾聴=測量しない
相手の言葉を、正しいか・間違っているかで測らずに聴く。
評価を挟まないだけで、心は反応を起こしにくくなります。
禅では、理解より先に「受け取る姿勢」を大切にします。
② メッセージより姿勢
人は言葉そのものより、
どんな心で向き合われているかを敏感に感じ取ります。
心が整っていれば、強い言葉も角が立ちにくくなります。
③ 責めない「観る」姿勢
相手を変えようとすると、心はすぐに緊張します。
まずは起きている状況を観る。
その余白が、関係性を静かに変え始めます。
④ 会話前の呼吸
話し始める前に、ひと呼吸。
それだけで、反応のスピードが落ち、
言葉の選び方が自然と変わります。
7|怒りが減ると、何が変わるのか
怒りが減るとは、
感情がなくなることではありません。
反応と行動のあいだに、選べる時間が生まれるということです。
- 判断が早すぎず、澄んでくる
- 人間関係の摩擦が長引かなくなる
- 思い込みによる仕事のミスが減る
- 家庭で感情を持ち越さなくなる
- 状況が揺れても、自分の軸を見失いにくくなる
怒りがなくなるのではありません。
振り回されなくなるのです。
8|禅の実践を深めたい方へ

—耕雲院で体験できること
富士山麓・山梨県都留市にある耕雲院は、
特別な人のための場所ではありません。
怒りがゼロになるわけでもありません。
ただ、気づく速度が変わる。
坐禅
呼吸から整えるヨガ×禅
日常に戻っても続けられる習慣
ここでの体験は、
日常に戻ったあとにこそ力を発揮します。
—耕雲院プログラム—
- 所要時間: 約3〜4時間
- 内容: ヨガ・坐禅・写経 ※精進料理はオプション
- 費用: 10,000〜15,000円
- 場所: 山梨県都留市(富士山・河口湖から車で約40分)
👉 詳細・予約はこちら →耕雲院公式サイトリンク
9|耕雲院 副住職・河口智賢(かわぐち ちけん)

怒りと向き合う中で、私が何度も感じてきたのは、
「どうにかしようとするほど、心はかえって忙しくなる」ということでした。
私は山梨県都留市にある曹洞宗 耕雲院で副住職を務めております。
若い頃に 大本山・永平寺で修行し、坐禅や作法、精進料理を通じて
「考える前に、そのまま受け取る」という禅の姿勢を学びました。
永平寺での修行は、心を整える技術を身につける時間ではありません。
自分の中に生まれる判断や反応に気づき、
手を出さずに見届ける力を養う時間だったように思います。
映画『典座 –TENZO–』では主演を務め、作品は海外でも上映されました。
文化や言語が異なっていても、
静かに向き合う体験が人の心に届くことを実感しました。
禅の実践は、特別な思想ではなく、
誰にとっても有効な「反応のスピードを緩める体験」なのだと思います。
現在、耕雲院では坐禅・写経・ヨガ・精進料理といった実践を通じて、
怒りをなくすのではなく、
反応の前に立ち止まれる余白を育てる時間をご案内しています。
富士山を望むこの場所で、
「今、反応しそうになっている」
そのことに気づけたとき、
アンガーマネジメントはすでに始まっています。
10|体験者の声
「心の奥に“静けさの余白”が生まれました。」
日常では味わえない深い静寂に包まれる時間でした。自分の呼吸が“帰る場所”になる感覚を体験できました。「坐禅と法話が、自分の生活を見直すきっかけに。」
難しい言葉ではなく、日常の中の“禅”を優しく伝えてくださる方でした。家でも呼吸を意識するようになりました。「ヨガと坐禅の組み合わせが心地よかった。」
身体をほぐしてから坐ると、自然に呼吸が深まりました。富士山の空気と、河口さんの穏やかな声が印象的でした。
11|FAQ(よくある質問)
Q. 初めてでも大丈夫ですか?
A. もちろんです。姿勢や呼吸法は最初に丁寧にご案内します。
Q. 服装に決まりはありますか?
A. 動きやすい服装であれば問題ありません。
Q. 写経や精進料理は全員参加ですか?
A. 写経は体験に含まれますが、精進料理はオプションです。ご希望の方のみご予約ください。
Q. 坐禅中に眠くなってしまったら?
A. 眠くなるのは自然なことです。眠気に気づくことも禅の一部です。焦らず、呼吸に意識を戻してみてください。
Q. 予約はどこからできますか?
A. こちらのお問い合わせフォームからご予約ください。
12|まとめ
怒りをなくすのではなく、反応しない自分を育てる
怒りは悪いものではありません。
問題になるのは、気づかないまま反応してしまうことです。
禅は、感情を抑え込む教えではありません。
怒りが起きたとき、
反応を選び直せる余白を育てる道です。
その第一歩はとても小さく、
「今、反応しそうだ」と気づくことから始まります。
もし、頭で理解するだけでなく、
体験としてその感覚に触れてみたいと思ったときには、
富士山麓・山梨県都留市の耕雲院での坐禅が、
静かな助けになるかもしれません。
👉 もし日常のスピードを、一度手放したいと感じたら、
「お寺リトリートとは?観光しない旅という選択|整えるための過ごし方」をご覧ください。
