1|“絶景”だけでは語れない、富士山と禅寺の深い関係
富士山と聞くと、多くの方は「写真映えする絶景」を思い浮かべるでしょう。
しかし、山梨県・富士山麓に暮らす私たちにとって、富士山はそれだけではありません。
古来より人々が畏敬の念を抱き、祈りを重ねてきた 「霊山」「信仰の山」。
山梨側・都留市から望む富士山の姿は、季節ごとに表情を変えながらも、その根底にある“普遍性”を静かに伝えてくれます。
一方、禅寺もまた「体験の場所」ではなく、
思想・文化・修行が凝縮された“生きた空間”。
坐禅の「調身・調息・調心」に象徴されるように、禅は
余分を削ぎ落とし、本質だけを見る“引き算の智慧” を大切にしています。
富士山と禅寺。
一見遠いようで、じつは “本質を見る” という点で深くつながっています。
この記事では、富士山と禅の関係、禅寺の見方、旅を深める視点をお伝えします。
2|禅僧たちは、なぜ富士山を見つめたのか
富士山は「普遍」と「真実」の象徴
禅の教えに 「遍界不曾蔵(へんかいかつてかくさず)」 という言葉があります。
“この世界には隠された真実など何もない。すべてはありのままに存在している” という意味です。
けれど私たちは、
欲望・エゴ・恐れといった “心のフィルター” によって、
本来そこにある真実を見失ってしまいます。
雄大な富士山の不動の姿は、
「真実は常にそこにある」 という禅の視点を象徴しています。
修験道 × 禅宗が交わった富士山麓という文化
富士山周辺では、古くから修験者たちが山に入り、
禅僧たちもまたこの地を歩みました。
修験道は“身をもって山に入る修行”、
禅宗は“日常の中に修行を見る姿勢”。
異なる思想が、富士山麓という地で交わり育まれたことは、
山梨県の禅寺文化の奥深さを示しています。
道元禅師は「乳水和合(にゅうすいわごう)」と示しました。
違うものが互いを否定するのではなく、
乳と水のように混じり合い、新しい価値を生む。
富士山麓の文化は、まさにこの実例です。
庭園・伽藍に富士山を“借景”として取り入れる理由
禅寺の庭園は、自然の理を映す「鏡」です。
砂紋の線、苔の色、石組の配置。
そのすべてが「ありのまま」を表現する禅の思想とつながっています。
富士山を借景として取り入れるのは、
自然の“普遍性”を空間の中に引き入れ、内観の助けとするため。
道元禅師の「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪すずしかりけり」の句のように、
自然はすべてそのままで真実を語っています。
借景の富士山は、その真実を感じるための最良の道具なのです。
“遙かに拝む”という伝統が育んだ、心を整える視点
富士山を遠くから拝む「遥拝(ようはい)」の文化は、
自分を俯瞰するための“心の余白”をつくる行為です。
禅の言葉に 「平常心是道(へいじょうしんこれどう)」 があります。
特別なときではなく、
日常そのものが道である
という意味です。
遥かに富士山を仰ぐという行為は、
日常の中で平常心を取り戻すための、古来の知恵と言えるでしょう。
3|富士山を囲む禅寺の“見方ガイド”

富士山と禅寺の関係をより深く味わうには、
禅寺の空間に込められた“意味”を知ることが鍵となります。
👉 京都や鎌倉など、日本各地の禅寺も含めて旅の視点から知りたい方は、
「お寺で出会う禅 | 京都・鎌倉、そして富士山麓へ—日本の禅を体験する旅」もあわせてご覧ください。
山門の意味|俗界と仏界を分ける“境界の美学”
山門は「ただの入り口」ではありません。
ここは“俗から仏へ”意識を切り替える場所。
禅にある 「両忘」=二元性を手放す姿勢 を象徴しています。
山門をくぐるという動作は、
毎日の忙しさから一歩退き、自分自身に立ち返るための“儀式”なのです。
伽藍配置|本堂・庫裏・庭園は思想でつながっている
禅寺は「生活そのものが修行」という思想で作られています。
- 本堂:心を調える場所
- 庫裏:日常の作務で心を磨く場所
- 庭園:内観のための静けさ
すべてが「食は法なり、法は食なり」という道元禅師の思想に通じ、
“心を調えるための仕組み”として成立しています。
富士山の“見せ方”の違いを味わう
禅寺が富士山をどう見せるかには、それぞれの思想があります。
- 正面借景
- 建築軸線の延長線
- 稜線・光の入り方
これらはすべて、
「人生の軸」「今この瞬間を生きること」
といった禅の核心を視覚化したものです。
4|富士山×禅寺を“視点でめぐる”楽しみ方
① 景観の視点|富士山の“見え方”を味わう
同じ富士山でも、
季節・光・方位によって全く違う表情を見せます。
この「変化の中に不変を見る」視点は、
禅の 「明珠在掌(宝はすでに自分の手の中にある)」 という教えと重なります。
② 文化の視点|禅寺の“空間デザイン”を読む
参道の石畳、山門の影、庭園の苔、鐘の余韻。
禅寺では五感すべてが修行の入り口です。
スマホから離れ、
音・影・香り を味わうことで、
“今この瞬間”に心が還ってきます。
👉 こうした「五感を通じた気づき」と「禅の受けとめ方」の違いについては、
「禅とマインドフルネスの違い|“気づく技術”と“手放す生き方”」で詳しく解説しています。
③ 季節の視点|四季で変わる富士山と禅寺の表情
春夏秋冬の富士山は、人生の移ろいそのもの。
- 春:残雪と新緑
- 夏:濃い緑と雲の動き
- 秋:紅葉と澄んだ空気
- 冬:最も鮮明な富士山の季節
禅語 「日日是好日」 のように、
どの季節にも学びが宿っています。
④ テーマの視点|目的別の楽しみ方
富士山と禅寺をめぐる旅は、どこを見るかによって、まったく違う表情を見せてくれます。
自分の関心に合わせて視点を変えると、同じ寺院・同じ富士山でも、まるで別の場所に来たような気づきが生まれます。
- 歴史を知りたい人:修験と禅の文化史を追う
- 自然を味わいたい人:光・稜線・風を味わう
- 文化を楽しみたい人:伽藍配置と庭園を読む
- 心を整えたい人:静けさだけでなく“時間帯”に着目
5|耕雲院について|富士山麓・都留市で、心を整える時間を

山梨県都留市にある耕雲院は、
約620年の歴史を持つ禅寺です。
富士山麓の澄んだ空気と静かな環境に包まれたこの寺は、
訪れる人が“自分の中心”に戻れる場所として、多くの方に親しまれてきました。
境内には、四季折々の自然、手入れの行き届いた庭園、
そして禅の思想が宿る伽藍の配置が息づいています。
日常の喧騒から少し距離を置き、
心を整える「余白」を取り戻す場として、耕雲院は静かにその役割を果たしています。
こうした環境の中で、耕雲院では心と体を静かに調えるための実践もご用意しています。
—耕雲院プログラム—
- 所要時間:約3〜4時間
- 内容:ヨガ・坐禅・写経 ※精進料理はオプション
- 費用:10,000〜15,000円
- 場所:山梨県都留市(富士山・河口湖から車で約40分)
👉 詳細・予約はこちら → 耕雲院公式サイトリンク
6|耕雲院 副住職・河口智賢(かわぐち ちけん)
私は山梨県都留市にある曹洞宗 耕雲院で副住職を務めております。
若い頃に 大本山・永平寺で修行し、坐禅や作法、精進料理を通じて
「考える前に、そのまま受け取る」という禅の姿勢を学びました。
永平寺での修行は、技術を習得する時間ではなく、
自分の思考の“ざわめき”を静かに手放し、
ただ起きていることをそのまま観る力を磨く時間でした。
その体験は、今の私の坐禅指導の中心になっています。
映画『典座 –TENZO–』では主演を務め、作品は海外でも上映されました。
文化や言語が違っても、“静かに座る”という体験は、誰の心にも届く。
その瞬間に私は、禅の考え方が持つ普遍性と、人が本来持っている静けさを深く理解しました。
耕雲院では、坐禅・写経・ヨガ・精進料理といった実践を通じて、
訪れる方がそれぞれの「今」と向き合う時間を私自身が直接ご案内しています。
富士山を前にしたときにふと立ち上がる“静かな感覚”を、どう受け取るか。
その気づきこそが、これからのあなたの歩みを照らす道しるべになるはずです。
7|体験者の声
「心の奥に“静けさの余白”が生まれました。」
日常では味わえない深い静寂に包まれる時間でした。自分の呼吸が“帰る場所”になる感覚を体験できました。「坐禅と法話が、自分の生活を見直すきっかけに。」
難しい言葉ではなく、日常の中の“禅”を優しく伝えてくださる方でした。家でも呼吸を意識するようになりました。「ヨガと坐禅の組み合わせが心地よかった。」
身体をほぐしてから坐ると、自然に呼吸が深まりました。富士山の空気と、河口さんの穏やかな声が印象的でした。
8|FAQ(よくある質問)
Q. 初めてでも大丈夫ですか?
A. もちろんです。姿勢や呼吸法は最初に丁寧にご案内します。
Q. 服装に決まりはありますか?
A. 動きやすい服装であれば問題ありません。
Q. 写経や精進料理は全員参加ですか?
A. 写経は体験に含まれますが、精進料理はオプションです。ご希望の方のみご予約ください。
Q. 坐禅中に眠くなってしまったら?
A. 眠くなるのは自然なことです。眠気に気づくことも禅の一部です。焦らず、呼吸に意識を戻してみてください。
Q. 予約はどこからできますか?
A. こちらのお問い合わせフォームからご予約ください。
👉初めての方には、禅体験の意味や全体像をまとめた
「禅体験とは|初心者にも安心。富士山麓・耕雲院で坐禅と写経を体験」も事前に読んでいただくとイメージしやすいと思います。
9|旅のあとに残る「心の借景」
富士山の禅寺を巡る旅は、
景色を“見に行く”旅ではなく、
文化を“読みに行く”旅 です。
旅のあとに残るのは、
ただの写真ではなく、
自分の中に生まれた静かな視点=「心の借景」。
富士山という不動の象徴を前に、
私たちは皆、それぞれの人生の“道”を問い直すことができます。
あなたにとって、富士山はどんな象徴として立ち上がるでしょうか?
その答えは、きっとあなた自身の中にあります。
👉観光を詰め込む旅ではなく、「何もしない時間」を味わうお寺リトリートについては、
「お寺リトリートとは?観光しない旅という選択|整えるための過ごし方」で詳しく紹介しています。
